その痛ましい事故は、
2006年6月3日午後7時20分ごろ、港区芝の公共住宅(23階建て)で起きました。
当時、高校2年の男子が1階からエレベーターに乗り、12階で自転車にまたがったまま後ろ向きに降りようとしたところ、エレベーターのかごが上昇してしまい、男子は挟まれて窒息死しました。
3年後に、保守会社のエスイーシーと製造元のシンドラーエレベーターが書類送検。今年3月には港区が、同社らを総額で13億8,419万2,575円の賠償を求める訴えを東京地方裁判所に提起しています。
この事故も、賃貸物件のオーナーと管理会社のリスクを強く再認識させるものでした。
事故がもたらすオーナーと管理会社のリスク
エレベーターの保守点検は、専門知識をもった業者に依頼します。
エレベーターは、建築基準法第12条で年に1回の定期検査(法定検査)を行ない、自治体に届け出ることが定められています。そして、一般的には1ヵ月に1回、任意メンテナンスを行っています。
保守契約には2種類あって、フルメンテナンス契約(保守点検料の中に部品交換・修理工事費用が含まれている)と、POG契約(パーツ・オイル・グリースの略で、小消耗部品の交換と点検時に必要なオイル、グリス等の補給以外は、修理工事代金は別途料金となる)のどちらかを選ぶことになります。
建物のオーナーとしての責任は、信頼のおける(知識・経験・技術のある)保守点検業者を選び、点検を実施させ、安全に支障有りの報告があれば、使用停止や修理工事を決断することです。
もう一方で、賃貸経営は利益を出すことが目的ですから、経費はなるべく削減する必要があります。
安全性を保ちながら、出来るだけ安価な保守点検業者を選ぶことが重要です。
港区の公共住宅のケースは、2005年度は日本電力サービス、2006年度はエス・イー・シーエレベーターが保守点検を請け負ってました。
港区は1年ごとに点検業者を入札で決めていたようです(これが大きな問題だと思いますが、この事故で港区は、なぜか責任を追及されていません)。
この2社は「独立系」と呼ばれる業者で、一般的には、メーカーの系列には属さず、メーカー系に比べて諸経費を抑えることができる(つまり安い)業者です。
それに対して「メーカー系」は、料金に割高感がありますが、そのエレベーターの製造元ですから、どこよりも機械やシステムに熟知しているはずなので安心感が高い業者です。
実は「メーカー系」であっても、実際の作業は「他業者に丸投げされてる」などの噂もあって、提供されるサービスが同等なら独立系の業者に変えて、運営費用を少しでも下げよう、という考えがありました。何といっても、ビルやマンションの設備管理費の中で、エレベーターのメンテナンス費用は大きな割合を占めていますから。
しかし、シンドラーの事故であきらかになったのは、「独立系」がメーカーが作った該当機種の保守点検マニュアルを持っていないケースがあるということでした。
なので注意事項として、
メーカーと保守点検業者が同系列の場合は心配が少ないが、別系列あるいは独立系の保守点検業者が業務を受託している場合には、その業者がメーカーから該当機種の保守点検マニュアルを受け取っているか、該当機種に熟知しているか、確認しておく必要がある。
と言われています。
ちなみに、エレベーターの法定耐用年数は17年です。また、もうひとつの基準である計画耐用年数は25年です。一般的にエレベーターの製品寿命は25年~30年となっています。
なお、シンドラーエレベーターの事故は最近でも起こっていて、2010年11月11日に、東京大学柏キャンパスの総合研究棟1階で、エレベーターに学生18人が乗り込んでいたところ、扉が開いたままゆっくりと下がり始め、 地下1階まで降下したそうです。この時、学生2人が脱出しましたが、男子学生1人がひざを打撲する軽いケガをした模様です。このエレベーターは、先月に点検を終えたばかりだったとのこと。
保守管理も同社(つまりメーカー系)が行っていたようです。
これでは、メーカー系も安心できませんね。
予防メンテナンスの必要性
建物・施設によるオーナーのリスクを回避するのに一番大事なのは、必要なメンテナンスを行うことですが、ビルやマンションのメンテナンスは3つに大きく分類することができます。
それは、「予防のためのメンテナンス」「繰り延べするメンテナンス」「緊急時のメンテナンス」です。
「予防メンテナンス」は、物件を定期的に点検することによって、設備の損傷、故障、事故、災害などを防止します。
前回から紹介させていただいた設備の法定点検もそのひとつです。
法律で点検義務が定められていないとしても、外壁や屋上・屋根の防水などは、放っておくと漏水などの原因になって、かえって多額の工事費用が発生します。費用だけでなく、メンテナンスのされていない物件は、入居者から嫌われて空室の原因になります。
賃貸経営はビジネスなので利益を求めるべきです。そのために経費はできるだけ抑える必要がありますが、「行うべき」メンテを実施しないと、かえって利益を減らす結果となります。
あとで、余分に費用が発生したり、入居者が逃げて賃料収入を減らしてしまうケースです。
では、一番効率的な費用のかけ方は? というと、それは、中長期間のメンテナンス計画、ということになります。
「長期修繕計画」などと大袈裟に考えずに、外部の、鉄部分、外壁、防水部分など、内部の各設備、パイプなどの主要か所をリストアップして、点検頻度と予想費用を計上しておけば良いでしょう。
そのためのキャッシュは用意しておく必要があります。
「繰り延べメンテナンス」とは、 実施を先に伸ばすメンテナンスです。
繰り延べる理由は、
・修理をするためのお金がない
・物件を売却する予定がある
・来期の経費にしたい
・まだ不要と判断した
などで、あえて、メンテナンスの実施を見送ることもあります。
あくまでも、「予防メンテナンス」がしっかり前提にあるので、「このメンテナンスは繰り延べよう」という判断ができることが大切です。
所有するかぎりは、先延ばしされたメンテをいつか実施しないと、3番目の「緊急メンテナンス」が多発することになります。
その結果、
・退去する入居者が増える
・売却する場合でも値が下がる
などのマイナス作用が出てしまうことがあるので注意が必要です。
「緊急メンテナンス」は、故障や不具合が起きたときに対処する作業です。緊急メンテナンスをゼロにすることは出来ません。
相手は建物や機械ですから、予想通りに壊れたり痛んだりするわけではありませんし、入居者の使い方が原因で起こるメンテナンスもあります。
ただし、なるべく起こさないようにする努力は大切です。
多発すると空室問題に直結し、賃料収入の低下をもたらします。
賃貸経営にかかる費用のうち、メンテナンスにかかる費用が大半を占めています。この費用は、入居者確保と安全・快適を守るためには必須のコストです。
それだけに、効率的に計画的にかけることが、賃貸経営の利益を最も大きくするために欠かせないノウハウとなります。
次回は、オーナーの財務上のリスクについてです。特に「テナントリテンション」の考え方を紹介させていただきます。