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借家人に不利な内容は無効
アパートの家主さんたちは、「敷金」というと、なにか当然かのように漠然と借主からお金を受け取っているため、とくに「敷金とは?」という問題について、究明もしないまま借家契約に臨んでいるようです。
どの借家契約でも、その全部と言ってよいくらい、敷金はやりとりされており、借家契約において、敷金は大変重要な役割を持つものなのですから、貸主としてはこれを機会に、敷金について正確に理解しておいて下さい。
@敷金の法的性質
敷金については、法律に明文規定があって、これを定義づけたり、その効力を規定したりしておりません。借家契約の実際上の必要から、自然発生的に生じたもので、
現在ではほとんどの借家契約においてやりとりされています。
そして、敷金の法的性質については、現在のところ、借家契約の際、貸主が借主から受け取る預かり金で、借主に賃料の延滞とか借家契約上の債務不履行があれば、貸主は借家契約終了のとき、この損害を敷金から差し引いて残金を借主に返還するという性質と解されています。
A敷金の担保力
貸主にとって、敷金の最大の効用は、借家契約終了時における借主の貸主に対する借家契約上の債務の一切が、敷金によって担保されるという点です。
貸主は、上のような債務があれば、借家契約終了後、とくに意思表示などしなくとも、敷金から当然その債務を差し引いて、残額のみを借主に返還すれば足りますから、借家契約上の借主の債務については、敷金を十分預かっていれば、これ以上の担保力がないことになります。しかも敷金には利息をつけないのが普通ですから、貸主としては、敷金を多く預かるなど担保力も増し、安心かつ得だということになります。
B滞納家賃と敷金の差し引き
ご質問の場合、借主のAは「家賃の3ヶ月分相当額の敷金を預けてあるのだから、滞納にはならない」旨反論しています。
しかも前述のとおり、敷金は、借家契約終了時における借主の債務を担保するためのものですから、貸主の方から借主の延滞賃料を敷金から差し引くのは自由ですが、契約期間の途中で、借主の方からの差し引きは認められません。もしこれを認めると、借主がわざと家賃を滞納して、敷金をゼロにしてしまうこともできるわけで、敷金の担保力が否定されてしまうからです。
したがって、ご質問の場合、借主Aの反論は失当で、敷金が預託されているからといって、Aの家賃滞納は、敷金との差し引きで消すことはできません。
C敷金の預託と契約解除
普通、借主が家賃を滞納=債務不履行すれば、貸主は、借主にその支払いを催促して、支払いがな
ければ、借家契約を解除することができます。
では、敷金が預託されている場合、上のような契約解除は制限を受けるでしょうか?
前述のとおり、敷金の預託があっても、借主はそれと敷金との相殺=差し引きを主張できず、家賃の滞納は解消されないわけですから、貸主はその支払いを催告できることになり、それでも支払いがなければ、借家契約を解除できることになります。
したがって、ご質問の場合も、貸主側としてはAに滞納家賃の支払いを催告し、その支払いがなければ、原則として、借家契約を解除できると言えます。ただし、Aの滞納が、借家契約の信頼関係を破たんさせるようなものでない場合、例外として契約解除が認められないこともあります。
また、敷金が6ヶ月とか預托されているのに、1ヶ月分の家賃滞納で、それが借主の背信的なものでないような場合も、契約解除は認められにくいと言えましょう。
D敷金の継承
ご質問の場合、Aの敷金につき、とくに前貸主Xから新貸主であるあなたに、その引き継ぎをしていなかったようです。
この場合、借主であるAは、新貸主のあなたに対し、前貸主Xへの敷金の預託を対抗=主張できるでしょうか?
かつて裁判所は、この点につき考え方があいまいでしたが、現在は、前貸主からの引き継ぎの有無にかかわらず、敷金は新貸主が当然承継するものと解しています。
したがって、ご質問の場合も、あなたがAから3ヶ月分の敷金を預かっているという前提で対応しなければならないことになります。
結果、Aとの借家契約が終了した場合、Aの滞納家賃が2ヶ月分あれば、敷金からその分を差し引き、残り1ヶ月分相当額の敷金をAに返してやることになります。
しかし、Xからそのアパートを買い取るとき、借主のAを加え、三者間の特約で、敷金を承継しないことにするのは自由と解されています。
また、Aが、前貸主Xに対して家賃を滞納していた場合には、それを差し引いた残額だけが、新貸主のあなたに承継され、もし滞納額が敷金額を上回るときは、承継される敷金もなくなるわけです。
Eご質問への対応
あなたは、「Aの態度が横柄で気に入らない」と言われます。
しかし、かかる理由ではAを立ち退かすことはできません。
しかし前述のとおり、Aは、家賃を2ヶ月分滞納しています。
したがって、新貸主たるあなたは、
1. |
まず、Aに対し、その支払いを相当の期間をおいて催告してみることです(民法541)。上の<相当の期間>としては、一週間から十日も見込めば十分でしょう。
Aがこれに対し、「敷金が3ヶ月分預けてある・・・・」と反論してきたら、前述Bの理由により、Aの反論が失当であることを説明してやったらよいと思います。 |
2. |
Aが上の期間内に、特段の事情もなくその支払いをしなかった場合、あなたはAとの借家契約を解除することができます(民法541)。
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この解除により、Aはそのアパートの借室に住む権利を失いますから、あなたはAを立ち退かすことができます。この場合、Aの立ち退きと引き換えに、あなたは、3ヶ月分の敷金から2ヶ月分の滞納家賃を差し引いて残額をAに返してやることになります。
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