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借家人に不利な内容は無効
@借家契約における特約
一般的に言えば、普通、契約の中で当事者が、「この点はこのようにしましょう」と特別の合意=特約し場合、その内容が公序良俗に反するようなものでない限り、この特約は当事者を拘束し、特約にしたがわなければならなくなります(例えば、「借家人は敷金として金○万円を、契約と同時に家主に預託しなければならない」と特約すれば、借家人はこれにしたがって、敷金○万円を家主に預託しなければならないことになります)。
ところが、このような特約を無制限に許すとなると、契約当事者の一方が他方に対し弱者の関係に立つ場合など、強い他方に押し切られ、弱者に不当不利な特約が作られてしまいます(例えば、「借家人は、家主が要求するときは、なんら異議を言わず、ただちに借室から立ち退かなければならない」とかの特約)。貸室契約関係の場合なども、家主と借主との立場はこの傾向にあります。
そこで借地借家法でも、とくに規定を設け、ある特定の場合、借家人に不利な特約をしても、それは無効としています(同法30条、37条)。
しかしそうなると、上のような制限規定のない事項に関してなら、借家人に不利、家主に有利な特約をしても有効とされるのではないか? という問題が生じてきます。
本問の場合の特約なども、まさにこれに当たります。
A借地借家法による制限規定外の特約の効力
借地借家法が強行規定を設けて、「かかる特約で借家人に不利なものは無効とする」と規制している特約以外の特約(以下「制限外の特約」と略称)の効力に関しては、学者や裁判所の考え方もいろいろに分かれ、有効説、無効説、この中間の中間説の三つに分かれています。
本問の特約も制限外の特約なので、これについて考えてみましょう。
まず本問の特約に中間説を当てはめてみますと、特約は一応有効だが、特約に違反したというだけで契約解除を認めるべきではなく、そのためには、特約違反という一つの不信行為も含めて、契約全体の信頼関係がこわされたと認められるときにのみ有効として、その特約による契約解除を認めるべきだということになります。
つまり、特約違反は信頼関係に反する一つの事由にはなるが、特約違反の事実があったからといって、それだけで信頼関係がこわされたとして、特約による契約解除を認めるべきではないというのです。
この中間説は<信頼関係理論>として、近時、裁判所間でもとり入れられるようになり、実務上もっとも有力な考え方となりつつあります(最高裁判所もこの考え方を容認するに至っています)。
B家賃滞納による借家契約の解除
家賃の支払いは借家人の義務です。したがって借家人がこの義務を怠って家賃を滞納すれば、本来ならそれだけで借家契約不履行となり、借家契約を解除できるはずです(民法541条)。ところが、借家契約のように継続的な契約関係の場合は、普通の債務不履行による契約解除の場合と同一視すべきでないという考え方もあり、意見が分かれています。
裁判所は、かつては、借家契約の解除についても、普通の契約解除の場合と同様に扱ってきましたが、その後これを修正し、最近では、借家契約上の信頼関係がこわされたかどうかを判断して、契約解除を認めるかどうかを決めているようです。
したがって、悪質な家賃滞納なら、もちろん契約解除も認められますが、その滞納が借家契約上の信頼関係をこわすようなものでないとき(例えば、借家人の責に帰し得ないような事情による滞納とかの場合)は、契約解除は認められないことになります。
C本問の特約の効力
では、本問のように、家賃の滞納があればただちに契約解除ができる旨の特約がある場合には、解除を制限する信頼関係理論は、その適用が排除されるでしょうか?
裁判所の考え方は、本問のような特約があっても、信頼関係がこわされたかどうかの点を重視し、それがない限り、特約を盾に契約解除を認めることには否定的です。 つまり、信頼関係がこわされていないのに、特約があるからというだけで、家主は借家契約を解除できないということです。
なお、この場合の信頼関係というのは、家主の側からの主観的、個人的なものではなく、客観的、相互的に考えられなければならないものとされています。
D本問の場合の貸主の対応
以上から、本問のような特約があっても、それだけで常に、この特約を盾に、いきなり「契約解除、立ち退け!」と借家人に要求するのは、いろいろ問題があることがおわかりと思います。
要は、借家人Aの2カ月分の家賃滞納が借家契約上の信頼関係をこわすような性質のものかどうかにかかっているといえます。
したがって家主としては、本問のような特約があっても、一応まずAに、滞納家賃の支払いを催告してみたらよいと思います。これに対し、Aが全く応答せず滞納家賃の支払いもしないとなれば背信性はかなり強まりますから、特約にもとづいて契約を解除して立ち退き要求ができることになります。
この場合、「本問のような特約があるのにAが違約した」という事実は、もちろんAの背信性を裏付ける一つの事由となることは明らかです。したがって「特約しても、どうせそんな催促をした上でなければ契約解除できないのなら、特約なんかしてもムタではないか!」ということにはなりません。
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