もう10年以上もアパートの家主をしております。
 法律の専門家でもありませんし、 借家契約についてとくに勉強したこともありません。ただ周りから「家主とはこういうもんだ…」といわれてきた程度の知識に基づいて、これまでなんとか無事に家主を続けてきました。
 しかしこれからは、借家人も理屈っぽくなり、今までのようにはいかぬと考えてもいます。そこで、借家人たちがいつも口にする「おれたちには借家権があるんだ」と言う<借家権>とはどういう性質の権利なのか?また借家権とはそれほどに強い権利なのか?について分かり易くご教示下さい。

借家権の対抗力

 たしかに借家権は特殊な権利ですし、借地借家法という特別法に守られて、借家人には強い味方となっている権利と言えます。
 まず借家権には、建物賃貸借契約という債権契約上の権利であるのにかかわらず、物権に認められるような<対抗力>というものが認められています。これは、明らかに借家権の特異な効力の一つと言えます。

 しかし、借家権にこの対抗力を認めないと、借主の立場が非常に不安定なものとなります。
 例えば、あなたは、そのアパートの所有者ですから、自由にそのアパートを第三者に売却したりできます。ところが、借主はあなたとの借家契約という債権契約で結ばれてはいますが、そのアパートを買った第三者とは、何の結びつきもありません。したがって、新所有者から、「あなたとは借家契約もしていないし、するつもりもないので、このアパートから出てください」とやられると借家人は立ち退かざるを得ないことになります。

 これでは、借家人の地位は甚だ不安定です。そこで法律はこの場合、借家人の従来からの借家権を、新所有者にも対抗=主張して、従来通り借室に居住できることとしました(借地借家法31条)。

 これが借家権の対抗力といわれるものです。
 したがって、家主であるアパートの所有者は、自分の所有アパートを自由に売ったりできますが、その代わりこれを買った第三者は、借家人を従来通り扱わねばならないという制限を受けることになります。

期限の更新

 普通の契約なら「この契約の有効期限は2年間としましょう」と当事者が決めれば、その2年の期間が終われば、契約は当然終了します。
 ところが、借家権の場合、その2年の終了前に、とくに家主から「期限の更新はしません」とかの断りを入れないと、期限は自動的に更新されます(法26条)。

 そして、この期限の更新拒否にせよ、期限なしの場合の解約の申し入れにせよ、家主に正当事由がないと許されないとされています(法28条)。
 つまり、普通の契約の場合に比べ、それだけ借家契約の場合の借家権は保護されているといえます。
 そのため、家主側からはこれまで「期限など決めてもこれではナンセンスだ」といった不満が主張され続けていました。
 そこで法律も、最近の改正で、いったん期限を決めたら更新は認めないことにできる<定期借家権>を新設しました(法38条)。

家賃の増減額

 普通の契約では、当初に決めた契約上の金額などは、当事者双方が合意しない限り、その変更は認められません。
 しかし、借家契約の場合、一定の条件のもとに、一方から、その増減額を請求できるものとしています(法32条)。
 例えば、諸般の事情から、その家賃額が不当に高いとされるような場合、借主は家主に「家賃を2割減額してください」といった減額請求ができるとされています。
借家人に不利な持約は無効

 借地借家法では、いろいろの面での規制をしていますが、この規制に反し、借主に不利となるような特約は、たとえ借主が合意しても無効として、借主を保護しようとしています。例えば、

 @「第○条 家主は、期限の更新時、更新拒否の通告を借主にする必要はないものとする」などの特約は、借地借家法26条に反し、かつ借主に不利となる特約だから無効とされます(法30条)。

 A「第○条 家主が更新拒否、解約の申し入れをする場合、とくに正当事由を必要としないものとする」などの特約も、借地借家法28条に反し、借主に不利となるから無効とされます(法30条)。

 B「第○条 家主がアパートの建物を第三者に売却処分した場合、借主はその第三者に対し借家権を対抗しないものとする」といった特約も、借地借家法31条の規定に反し、借主に不利となるため無効とされます(法37条)。
これに反し
 
 C「第○条 借主は造作買取額求権を放棄する」といった特約は、これを規定した借地借家法33条の規定に反し、借主に不利な特約ですが、法律はこの特約を無効としないものと改正しました(法37条)。

借家契杓における背信性

 実際の借家事件につき裁判所の判断が出される場合、借主の家主に対する背信性が問題視され、その有無によって結論が左右されています。
 これも借家権のもう一つの特異性といえるかもしれません。
 たとえば、普通の契約なら、債務者が債務不履行すれば、債権者は履行を催告し、なお履行のないときは、契約を解除できます(民法541条)。

 ところが、借家契約の場合、債務者=借主の契約不履行(例えば、家賃不払いなど)が家主に対し背信的なものかを検討した上で、背信性ありとなれば契約解除を認めますが、背信がないときは、契約解除を容易には認めようとはしません。
以上のように、たしかに借家権は通常の契約上の権利と異なりかなり、異質なものがあります。
そしてさらに、権利者である借主にかなり強い立場を与えてきました。

 しかし、このことが、家主側の反感を買い貸家の供給を阻害していることも指摘されるに至り、法律も急きょ、借地法、借家法を改正し、新しい借地借家法を新設し、その辺の修正に努力しています。(例えば、定期借地権、定期借家権などの新設は、その現れです)。
 また裁判所も、「家主の側に回ったら勝ち目はない」などといわれた借主保護の傾斜もかなり修正し始めています。
したがって、借主の「私たちには借家権がある」といった思い込みも、これからは徐々に修正されて行くでしょう。