原状回復訴訟で最高裁の判断


昨年の12月16日に、退去時の原状回復費用負担の争いに対し最高裁が判断を下しました。これまで、簡裁・地裁・高裁での判決はいくつも紹介されてきましたが、この件に関しての最高裁判決は初めてのことす。それだけに、同様の争いに対する今後の結果に大きく影響することになります。


今回の訴訟の内容

 まず物件は、大阪府内で特定優良賃貸住宅として建てられたものを大阪府住宅供給公社が借り上げ、貸主として賃貸しました。借主は35才の会社員で、平成10年2月に入居し13年4月末に退去しました。居住期間は3年3ヶ月です。賃料は117,900円で敷金は3ヶ月分(353,700円)です。借主の退去後、住宅供給公社は契約書の内容に基づいて、補修費用302,547円を差し引いた残金51,152円を返還しましたが、借主は全額の返却を求めて訴訟を起こしました。

 これに対して大阪高等裁判所は借主の請求を棄却(すなわち公社は残りの敷金を返還しなくても良いという判断)したので、借主は最高裁に上告したものです。

最高裁の判断
 結論として、最高裁は大阪高等裁判所の判決を破棄して審理を差し戻しました。つまり補修費用として302,547円を差し引くのは違法なので、本来借主が負担すべき故意・過失によるとされる補修額を算定し、残額は借主に返還するように命じたわけです。
さて、大阪高裁と最高裁の判断はどこが違ったのでしょうか。

問題となった争点
 今回の公社の賃貸借契約では、契約書と別紙で「負担区分表」という、通常損耗のうち特に借主が負担すべき補修項目が書かれた用紙が用意されていました。
最大の争点は、この契約書と負担区分表の内容が、借主に通常損耗分を負担させるに足りるか足りないか、ということです。大阪高裁は「足りている」と言い、最高裁は「否」と判断しました。

大阪高裁の言い分は、
・通常損耗分の負担は貸主がすべきであるが、それと異なる特約を設けることは自由である。
・今回の負担区分表は、通常損耗の補修費用も借主が負担するものと定めており、両者の間で契約は成立している(つまり特約は有効である)。

最高裁の判断は、
・通常損耗の補修費用は家賃に含まれているべきものだから、それは借主にとって予期しない特別の負担を課すことになる。
・それを借主の義務とするためには、契約書に具体的に明記されているか、口頭で説明されて、その特約が明確に合意されていなければならない。
・本契約書には、補修費用負担は負担区分表に基づく、と記されているのみで、内容が具体的とはいえない。また、引用された負担区分表の文言自体にも、そこに通常損耗が含まれていることが明白とはいえない。
・したがって本契約書には、借主が通常損耗分を負担することが認められる条項はない、と言わざるをえない。
としています。

今後にどう活かすか
 最高裁の判決によりますと「借主に通常損耗分の負担を課すことは、その内容が契約書によって具体的に明記され、説明によって明確であり、当事者が正確に認識して合意の意思表示をしたのであれば、有効である」と理解できると思います(むろん、公序良俗に反していない範囲ですが)。
重要なのは、「契約書の内容」と「説明の仕方」と「署名の取り方」です。

 今回の公社の場合は、契約書本体に原状回復に関する明確な記述がありませんでした。添付書類の負担区分表にしても「この通常損耗による補修費用は借主の負担」というような明確な主張が欠けていたようです。また入居説明会を開催したのに、負担区分表の個々の項目について説明せず、参加したのは借主の義理の母親であった、ということで当事者の認識度に問題があったようです。署名にしても一カ所だけにするのではなく、大切な項目ごとに署名していただく方が有効性が増すように思われます。
 どのような書類を用意すればいいか、というと、東京ルールで東京都が用意した「モデル説明書」が大いに参考になるのではないでしょうか。
 今回の判決は最高裁が、「通常損耗は借主に負担義務はない」と無条件で認めたわけではありません。ただ、「負担義務を認める」ためのハードルは決して低くない、ということを肝に銘じなければならないと思います。

 最後に、いつも主張させていただきますが、重要なのはお客様である借主と争わないことです。
部屋に「永く」「気持ちよく」住んでもらうことを最優先で考えましょう。ただ、中には退去時に手のひらを返すような借主がいることも事実ですから、そのために書類上の武装(言い方が悪いですが)をしっかりしておくことは、とても大切なことだと思います。



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