老朽化借家問題


  家賃も安く、修繕費も出せない状態で老朽化した貸家の、賃借人の退室は難しい問題です。

  まずオーナーにご理解いただきたいのは老朽化借家の問題の現状です。それは、借家人の高齢化と生活問題が根底にあるということです。老朽借家の借家人の場合は、その場所に住み続けざるを得なかった人たちが高齢借家人として残っているケースが多いのです。立退き交渉においても、移転するための余力や気力がない人たち相手の交渉となり、移転先の手配と金銭面の補填をしなければ立退きが不可能という場合が多いのです。

例えば、移転先が見つかったとしても、現在の家賃が近隣相場より低いため、移転先の家賃負担増が大きな問題になります。高い家賃を支払ったら生活ができません。その為の補填を求められるのです。借家人が高齢化すればするほど立退き交渉は困難になっていきます。早期の対応が必要です。
もっとも、本来はそうなる前に貸家事業としての対応をすべきだったといえます。

 次の理解すべき現状として、オーナーと借主の意識の違いが問題になります。オーナーは一般的に、安い家賃で今まで住ませてやっているのに、と思ってしまいます。しかし、借家人は、安くとも家賃を払っているのだと思っています。例えば、老朽化借家の場合、借家人はオーナーが修繕してくれないことに不満を持っている事が多いものです。オーナーにすれば、安い家賃で修繕なんかしていたら大赤字です。しかし、借家人はオーナーがケチっていると思っています。家賃を払っているのだから修繕するのは当然だ、と思っているのです。今まで修繕もせずにおいて、自分の都合で「古くなったから出ていけとはなんだ」となるのです。

オーナーには修繕義務があり、借家人と協議しながらこの義務を果たしていく必要があります。立退き交渉の過程で、いま修繕費をかけるぐらいなら借家人の方に少しでも多くお支払いしたい、として交渉を進めていくことになります。

オーナーの修繕責任
 オーナーは修繕の話を聞くと抵抗感があると思います。そこで、修繕義務を果たさなかった場合のデメリットを理解していただく必要があります。例えば、アパートの老朽化によって、他人に損害を与えた場合には、居住者(借家人)が管理責任を問われます。しかし、居住者から修繕の必要性を指摘されていながら放置した場合には、オーナーの責任となります。思わぬところで損害を被ることになります。
一つの例として阪神淡路大震災では、アパートの下敷きで無くなった方の遺族が貸主の義務責任を訴えて、賠償の支払い命令が下されています。すなわち、オーナーは借家人に対して民法606条により修理修繕義務を負っており、そして、第三者に対して民法717条によって工作物責任による損害賠償を負う可能性があるのです。

建物の朽廃とは
建物が老朽化しているからといって、立退き交渉の絶対的な理由として認められるかというと、そうではありません。借家人に「老朽化しているから」と言っても「十分に満足している」という返事が返ってきます。住めば都で、不自由なく暮らしていますから。
 建物が使用に耐えない状態を「朽廃」と言いますが、この朽廃とは、建物としての社会経済的効用を失う程度に腐食・損壊している状態を言います。

 裁判所としては借家人が居住している以上、建物としての社会的効用を失っているとは認定しにくいようです。立退き交渉に当たっては、立退きを正当化する事由が少ない中で、いかにして借家人との意見調整を図るかです。借家人の移転先での生活も踏まえた交渉にならざるを得ません。

立ち退き費用の算定
 立退料を提示するとき、借家人に総額のみを提示する場合がありますが、借家人が立退金額に目を奪われて、結果的に有利な交渉に結びつかない場合が多くあります。それよりも、立退きに必要な費用を前提に、それぞれの要素について交渉を進めていきます。この場合、借家人と具体的な損失について詰めていくことで、交渉がしやすくなります。
立退料の基本構成要素は、
1.引っ越し費用
2.移転先の礼金もしくは保証金  補填
3.移転先の家賃差額補填
4.移転先の仲介手数料
5.その他経費
6.調整金   となります。
 「引っ越し費用」は単身で10万円程度、夫婦二人で15万円程度を基準に、家族構成によって計算します。
 「移転先の保証金補填」とは、関東以外では多額の保証金が必要となるので、現在預かっている保証金では足らない場合が多く、その差額を補填する必要があります。保証金でなく礼金制度の場合は、その額を補填します。

オーナーからよくある質問が、「預かっている敷金・保証金は全部返すのか」です。一般的には全部返すことになります。
 「移転先家賃の差額」は、同じ間取りでも家賃は高くなることが多いでしょう。そこで、6〜24ヶ月程度の差額補填が必要になります。借家人は急激な家賃の上昇を負担することは不可能だからです。現在の家賃が45000円で、同程度の貸家が55000円だった場合、差額の1万×6〜24ヶ月で、6万〜24万円程度の補填が必要です。
相場よりも安く貸しているほど、補填額が多額になる、という皮肉な結果を生み出します。
 「移転先の仲介手数料」は、近隣相場の1ヶ月分を計上しておきます。
 「その他経費」とは、引っ越しによる挨拶状や各種移転手続きが必要になるため、上乗せ分として10万円程度を考えておきます。
 以上の条件を単純に積み上げていくと、家賃にもよりますが60〜80万円程度は必要、ということになります。

 立退き交渉の間は収入が減少することも忘れてはなりません。
一度にすべての借家人が移転してくれればよいのですが、最初の立退き完了からすべての立退きが完了するまでには時間差があり、月々の収入が減少します。
 立退き交渉の時期についても検討が必要です。借家人の家族に、小・中・高校生がいる場合には休みの時期や受験等に影響を受けるときがあります。受験の最中に移転したくない、というのが親心です。

 最後に、今回は老朽した借家の立退き問題について考えましたが、大切なのは、ご所有の賃貸住宅を、このような老朽化借家にしてはいけない、ということです。
そのために色々な手を尽くして、近隣相場の賃料を維持しながら稼働させていかなければなりません。 商品価値を高く保つためのあらゆる努力を惜しまないことが大切です。

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