2つの重大ニュース


  今月は、家主さんに関係の深い2つのニュースについて考えたいと思います。そのニュースとは @退去時の敷金精算に対し東京都が条例化 A短期賃借権の廃止とその影響 です。


 下記のグラフの通り、平成15年に東京都に寄せられた住宅に関する相談の中で一番多いのが「退去時の敷金精算」に関するものです。住宅の賃貸借に対する相談件数も年々増加していて、平成14年の件数は平成9年の約2倍となっています。




 こうした現状を踏まえて東京都は「民間賃貸住宅に関する東京ルールを推進すること」を検討しています。その主旨は、紛争を未然に防止するため、貸主側に契約時に的確な説明を義務付けた条例の制定を予定しているのです。
 また、戦後の住宅難等を背景に地域的に始まったとされる礼金・更新料については、それらの授受のない契約を普及させ、円滑な住み替えを促進する、としています。

 以下、もう少し詳しく見てみることにしましょう。

 「具体的取組」としては、
(1)借り主に対して次の内容の説明を、契約時点で宅地建物取引業者に義務付ける、としています。

その内容とは、
・退去時の通常損耗等の復旧は、貸主が行うことが基本とされていること。(例:テレビの後部壁面の黒ずみ(電気ヤケ)、家具を置いたあとの畳のへこみ等)
・入居期間中の必要な修繕は、貸主が行うことが基本とされていること。

 本来これらについては契約当事者が決めて、契約書に特約として記載できる自由があります(もっとも実際に裁判になればこれらの特約は認められず通常損耗の復旧費用は貸主負担とされることが多いのですが)。
 今回のルールでは「経年変化・通常損耗の復旧費用は貸主が負担する、という一般原則を不動産業者が借主に契約時に説明せよ」となっています。もちろん、説明した上で、一般原則以外の特約条件を決めることは自由ですが、今までよりも借主から反発されることは予想されます。もっとも、その上で、納得づくで契約するのであれば、その後の紛争は減るでしょうから、この条例の目的は達成されることになります。説明義務は不動産業者となっています。あくまでも、不動産業者に説明義務を課した条例なのです。次に、

・この契約において、退去時の住宅の損耗等の復旧、入居期間中の修繕に関して、借主の負担としている事項。
を説明すべし、としています。  つまり「借主が負担すべき範囲や費用を契約時に明確に説明せよ」ということです。契約の内容が一般原則通りであれば、特に説明する必要はないと思われますが、一般原則以外の特約条項がある場合は、具体的に、借主の負担内容を説明しなければなりません。さらに、

 なお、別途、退去時における住宅の損耗等の復旧に関し、基本とされている内容について、分かりやすく実用的な東京都版のガイドラインを作成し、普及させていく。

としています。

 そして、このルールに従わない場合は、

(2)説明義務等の違反者に対する指導、勧告、公表を行う

としています。特に罰則は設けない予定です。また、

2 礼金・更新料のない契約の普及を促進

については

今後、関係団体と協議しながら礼金・更新料のない契約の普及を進めていく。

としているのみで詳しいことは発表されていません。なおこの条例は、都議会第一回定例会に提案し平成16年10月施行の予定となっています。

 このニュースはNHKでも取り上げられ読売・朝日などの一般紙にも掲載されました(私が知ったのもNHKのニュースからでした)。特に朝日新聞は2月6日朝刊の一面で取り上げていて、関心の高さがうかがえます。広く一般に認知されていくことが予想されます。

 さて家主さんとしては、どう考えるべきでしょうか?
 まずこのルールは普及するか、という点ですが、おそらく、少なくとも東京都近辺では、このルールが標準化されていく、のではないでしょうか。

 平成10年に建設省(当時)は、敷金トラブルを防ぐために費用負担の考え方や判例などを紹介した「原状回復のガイドライン」を作りました。旧建設省は「行政が規制することは適当でない」という立場で作成したのにもかかわらず、このガイドラインは6年を経過した今、全国で行われている「敷金返還訴訟」の“拠り所”となっています。少額訴訟を裁く裁判官のマニュアル的存在と言っても過言ではないでしょう。
東京都ルールが更に早く普及するのは、容易に想像できると思います。

 標準化されるという事は、広く一般にこの内容が浸透する、ということです。不動産業者を訪れるお客様がこのルールを知っていれば当然に要求するでしょうし、借り手市場の昨今、お客様のニーズに合わせなければ空き室を埋めるのに苦労することになります。

 そこで対策ですが、ますます賃貸物件の競争力を高める努力が必要になります。競争力があれば復旧費用を家賃に上乗せして徴収することも可能です。そのために、必要な修繕は先回りして投資する、管理の質を高める、入居者のニーズに合わせて特化する等、本来の賃貸経営としての“あるべき姿”を実現していくことが大切です。

 また、最初から「修繕費用を借主に要求しない」契約方法を採用するのも一考の余地があります。
朝日新聞の2月22日に掲載された記事を引用しますと、

「賃貸住宅 お安くします」
賃貸住宅では、退去後、室内のクリーニングや補修などで多額の費用を家主から請求され、敷金の返還を巡ってトラブルになるケースが絶えない。訴訟も増えるなか、問題を未然に防ぐ仕組みを採り入れる動きが出ている。
 「センチュリー21ジャパン」は昨年3月から、入居時の敷金、礼金、仲介手数料をなくす代わりに、退去時のリフォーム費用を含む家賃の1.8ヶ月分を入居者が最初に負担するシステムを始めた。
 「退去の際にいくら敷金を取られるのかという不安が入居者にはあり、大家さんも敷金返還の少額訴訟が増えて不安に思っている。両者にとっていさかいのない形を考えた」と同社開発室。
 壁や落書きや床板のへこみといった、入居者の故意や不注意による破損でなければ、退去時の負担はないという。対象物件は現在まだ全国で約300戸で、「今後も増やしていきたい」と話す。
 他にも敷金、礼金を取らず契約時に「内装費」を収める方式を採用している業者もある。


 これらのように、修繕費をあらかじめ家賃に上乗せして募集し、退去時に費用を請求しない、という契約形態は、今後増えていくものと思われます。
 いずれにしても家主さんの賃貸物件に競争力が備わっていることが一番大切なことです。

 次は「短期賃貸借の廃止」についてです。このニュースが大家さんにどう関わるのでしょうか。

 まず第一に、賃貸物件を更に増やそうと考えた場合です。
 もともと地主さんで、土地活用のために賃貸経営を始められたのなら、賃貸住宅を増やすのに競売での落札は考えないでしょう。
 もし地主さんではなく、更に賃貸物件を増やすことを希望するなら、この「短期賃貸借の廃止」によって競売での収益物件(賃貸マンションなど)の獲得が、今までに比べ簡易になります。

    何故なら、短期賃貸借制度の元では、3年以内の賃貸契約を結んでいると、競売後の新しい所有者に対し、その契約期間は借家権を主張することができる、とされていたからです。つまり新しい所有者は立ち退き料を支払わないとその賃借人から明け渡しを受けることができないのです。これは借主保護の考えから作られたものですが、これが悪質な占有屋に悪用され、年間に多額の立ち退き料が発生する事態を招いていました。

 4月1日からこの制度が廃止されることによって新しい所有者は6ヶ月の猶予期間を与えれば明け渡しを求めることが可能になりました。一般の人が今までより気軽に競売に参加できるようになったと言えます。

 つぎに大家さんに関わる問題としては、これを住宅を借りる立場から見たときにどうなるのか、です。もし自分が借りた住宅が競売にかかってしまったら、6ヶ月以内に無条件で退去しなければなりません。預けた敷金も前の貸主に請求するしかなく、新しい所有者は返還義務がありません(競売にかけられた前の所有者から敷金を取り戻すのは困難と思われます)。

 これは借主にとって大きな問題です。当然、不動産業者は将来、競売となる可能性がある物件を斡旋するときは「もし競売になったら退去しなければならないし敷金は戻りにくい」ことを説明しなければなりません。「競売になる可能性のある物件」とは、金融機関の抵当権が設定されている、ということです。つまり、ほとんどの賃貸物件が「競売の可能性あり」ということになります。
 極めて可能性の低い話ですが、可能性がある以上は説明しなければならず、説明を受けた借主は過剰に不安を感じて借りるのを躊躇するかもしれません。躊躇しないまでも「帰ってこない可能性があるなら敷金は払わない」と主張する借主も出てくることが予想されます。「そんなことを言うなら貸さなくてもいい」と仰るかもしれませんが、そう主張する借主が増えてきたら、そうも言っていられなくなるでしょう。

 つまり、大げさな捉え方もしれませんが、今回の短期賃貸借の廃止は「部屋を借りよう」というニーズの減退と、敷金・保証金制度の崩壊にもつながる可能性がある、と言えるのではないでしょうか。(本当に悲観的な見方だとは思いますが)。
 そのためにも、借主に選んでもらえる「競争力のある賃貸住宅」にしておくことが何よりの対策です。


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