敷金返還訴訟


   現在、関西地方を中心に消費者を支援する弁護士らが敷金問題研究会という組織を立ち上げ、敷金返還請求訴訟を活発に提起しています。訴えられた多くの家主は和解に応じ全部もしくは一部を返還することで解決しているそうです。家主側の全面敗北という印象を受けるこの事件ですが、判決が出ている13件のうち3件は「家主の勝訴」という結果がでています。
以下、全国賃貸住宅新聞7月28日号に掲載された記事に基づいて、裁判で家主側が勝訴した事例を紹介してみたいと思います。

裁判の概要

 平成12年12月18日に、東京地方裁判所で、自然損耗部分の修復費用を全面的に借主負担とする貸主勝訴の判決が下されました。

この裁判は、住宅金融公庫の融資を受けて建築されたものをサブリースし借主に転貸していた事案です。契約書には赤字で「本契約書が終了し賃貸借物件を明け渡すときは、乙(借主)は畳表の裏返し又は畳表の取替え、襖の張替え、クリーニングの費用を負担しなければならない。また、乙は自然損耗とは認めがたい破損汚損個所を修繕する等、原状回復措置をとらなければならない」と規定されていました。貸主は預かり敷金22万5000円から費用を控除した残額2万7255円を返還しました。これに対し借主は、この特約は無効であるとして、東京簡易裁判所に23万8875円を求める「少額訴訟」を提起しました。

これに対し貸主は直ちに「通常訴訟への移行を求める」よう申述し、通常訴訟としてまず簡裁で審理が進められました。
借主の主張は、@入居募集のパンフレットに特約内容の記載がなかったから誇大広告表示であること A借主は特約の説明を受けていないこと B住宅金融公庫法では融資を受けたものは自然損耗部分を借主に負担させてはならないとされていること、などによる特約の無効でした。


簡易裁判所の審理の経過

 貸主は一貫して特約の有効性と自然損耗とは認められない汚損があることを主張しました。借主は、自然損耗以外の損耗はないと争いました。
裁判所は和解を強く勧告しましたが、貸主・借主双方とも拒絶し、借主および明け渡しに立ち会った貸主の担当者の証人尋問が行われました。
判決は、「消費者保護の観点から特約は限定的に解釈すべき」「住宅金融公庫法の趣旨はサブリース契約においても尊重される」と述べ、貸主に対し17万3175円の返還を言い渡しました。この判決に貸主・借主双方が不服として控訴しました。

裁判判決の内容

 地裁判決は、簡裁の判決を取り消し、貸主全面勝訴の判決を言い渡しました。その理由は、@この特約条項については赤の不動文字で記載されており明らかに目立ち、ここに借主の署名押印があるからこの特約条項のみを不成立と認めることは出来ない A特約条項をパンフレットに記載すべきだという借主の主張は根拠がない、B住宅金融公庫法は貸主を名宛人としていない(サブリース物件なので貸主は直接公庫から借入をしていない) C借主は重要事項説明書に署名押印しており、この特約についても説明を受けたと推認される Dこの特約が公序良俗に反するとは認めがたい E取引の安全、契約の安定性も重要な観点として考慮されなければならず、できるだけ国家の介入を避け個人が自由に法律関係を形成すべきであるので、個人が自己の意思で契約締結した以上はその責任において契約に拘束されるべきである というものでした。

この判例は東京高等裁判所でも維持され確定しました(平成13年10月10日)。
同じ特約で異なる判決が

 その後、同じ契約書のひな型を利用した別の借主から敷金返還を目的に少額訴訟を提起され、貸主の従業員が「通常訴訟への移行を求める」申述をせずに全面敗訴の判決を受けてしまいました。その理由は「この特約条項は貸主の修繕義務を免除したものにすぎない」というもので、あきらかに裁判官は条文の文言に反する解釈をしていました。すぐに少額異議を申し立て、先の判例に違反すると主張したのですが、同じ裁判官が審理を担当したため、少額訴訟判決と同じ文面の少額異議判決が下され、その後の特別上告も棄却されました。

 以上の教訓として、@簡易裁判所の裁判官は民法原理を分かっておらず感覚で判断を下すことがある A条文を文言どおり解釈する能力に欠ける裁判官がいる B裁判所の和解の勧告を拒否しても不利な判決が出るとは限らない C「通常移行の申述」をしておけば控訴することによって地裁の合議体による判断を受けることができ、合理的な判決を期待できる ことが分かると思います。通常訴訟への移行は費用はかかりませんので必ずやるべき手続きです。



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