賃貸住宅のトラブル防止策を考えるA

  賃貸住宅の紛争予防についての2回目です。今回と次回は、賃貸借契約で起きやすい紛争について、その内容を解説いたします。まずは「原状回復」の問題です。

建物の修繕義務

  賃貸住宅のトラブルで相談事例や発生件数が最も多いのは原状回復に関するものです。
 建物の賃貸借では、貸主は借主に対し、建物を使用収益させる義務を負っています(民法606@)。例えば住居を目的として貸す場合、「電気・ガス・水道が使える」ことや、「雨漏りがしない」「戸締まりが可能」等は、建物を賃貸するときの当然の前提条件です。建物に問題が生じて電気やガスが使え
なくなったら貸主が修繕義務を負います。「借主の費用で直してください」とは言えません。これを貸主の「修繕義務」といいます。


契約終了の際に修繕義務を課する特約は有効か

 契約終了の際、借主は建物を貸主に返還する義務を負います。しかし、この義務は、単に借室を経年劣化したままの状態で返還すればよいとされています。
 しかし、建物に毀損・汚損などの損害が生じている場合には、その損害は、善管注意義務違反として金銭による損害賠償の対象となります(民法400、417)。そこで、契約終了の際に、借主に積極的に修繕義務まで認めさせるためには、特約で借主に建物を修繕して引き渡すべき義務を定める必要があります。
 そして、その特約が有効と認められるためには、前述の通り、3つの要件を満たす必要があるのです。


原状回復

 関係者から寄せられる相談は、原状回復に関するものが最も多く、これまでの慣行が変化しつつある中での混乱を感じさせます。その主なものは、おおむね次のような内容のものです。

@貸主からの相談
イ. 借主が退去立ち会いをする前に退去した。
ロ. 原状回復費用を一切負担しないといわれた。
ハ. これまで通りの敷金精算を行っているのに、借主から苦情をいわれた。

A借主からの相談
イ. 退去立ち会いに立ち会ってもらえない。
ロ. 立ち会い時に、貸主・借主の負担箇所や負担割合の提示がない。その場は曖昧で、後日届いた請求書を見て驚いた。
ハ. 見積書、精算書を見せてもらえない。
ニ. 契約上の問題として
A. 契約書に費用負担の明確な記載がない。
B. 何でも借主の負担になるような記載がある。経年変化による自然損耗部分を負担するのは納得できない。
ホ. 普通に居住したのに、いくつもの修繕項目が請求された。
へ. 敷金精算が非常に遅く、2〜3ヶ月経っても連絡がない。
卜. 入居時に修繕がされておらず、現況有姿で借りたにも拘わらず、退去時に修繕費を請求された。
チ. 借主が退去時に原状回復費用を支払ったのに、補修がされていない状態のままで次の借主が入居している。


原状回復とは3種類ある

 賃貸借契約が終了した際の原状回復と一般に呼ばれているものの中には、次の通り法律的に見て  3種類の性質のものがあります。この3種類の原状回復は、それぞれ適用範囲や法的効果が異なっていますので、相互の違いを明確に把握しておく必要があります。
@借主が自分で付属させたものを収去すること(民法616B、598)。
A善管注意義務違反に基づく損害賠償義務。
B修繕義務特約に基づく修繕義務の履行。

付属物の収去について   −民法上の原状回復

 借主は、契約終了時に借室そのものを返還しなければなりません。借室を返還するに際し、借主が借室に付属した物を収去(工アコンの取り外しなど)する義務を負います。これを借主の収去義務といいます。
 従って、法律上原状回復というときは通常この収去義務のことをいい、明け渡し時の建物の損耗・汚損の回復・修繕の問題ではないのです。

善菅注意義務違反について

 借主は、善良な管理者としての注意を払って借室を使用する義務を負っています。従って、借主が、借室を、通常使用の範囲を超えて破損・汚損したときは、善管注意義務違反(保管義務違反)として、貸主に対して損害賠償を負担しなければなりません(民法415)。
 そして、損害賠償の方法については、金銭による賠償が原則になっていますので(民法417)、貸主は借主に対し、貸室の破損・汚損の修復に必要な費用を損害として賠償請求することができます。

修繕義務特約について    −いわゆる原状回復

 建物賃貸借では、貸主は借主に対し、建物を使用収益させる義務を負っています。従って、建物に破損・障害が生じて、借主が建物を使用することができなくなったときには、貸主が原則として建物を、借主が適切に使用収益できるように修繕しなければならないという義務を負います。
 その修繕義務を借主に負わせる特約は、民法の修繕義務の規定が任意規定であるため有効です。「任意規定」というのは、「当事者が民法の規定と異なる権利や義務を定めた場合には、当事者間の契約で決めた方が優先して適用される」というものです。

 ただし、判例は、借主が修繕費用を負担するという特約は、貸主の修繕義務を免除する意味しかなく、借主に積極的に修繕義務を課した趣旨ではないとしています(最判昭43.1.25)。このため、貸主の修繕義務を免除するだけではなく、借主に積極的な修繕義務を課することが認められるためには特別の事情が必要になってきます(名古屋地判平2.10.19)。
 特別の事情については、建設省(現・国土交通省)の「原状回復のガイドライン」で判例を分析した結果、次の3つの要件を掲げています。

@ 特約の必要性があり、かつ暴利的でないなどの客観的・合理的理由が存在すること。
A 借主が、特約によって通常の原状回復義務を超えた修繕等の義務を負うことについて認識していること。
B 借主が特約による義務の負担の意志表示をしていること。


 上記の特別の事情が存在するときには借主に修繕義務が認められます。したがって、契約締結時に、借主の修繕義務について細かく規定し、特約に明記し、その内容を契約前に借主に説明し理解を得ておく必要があります。
 そして、借主に修繕義務が認められる場合には、借主の修繕義務の範囲は特約で明示されていない限り、小修繕ないし通常生ずべき破損の修繕の範囲にとどまります(大審判昭2.5.19)。

 なお、この場合の修繕義務の履行とは、あくまで借主が自分で建物の修繕をすることをいい、この修繕義務の履行を怠ったときに、初めて損害賠償の問題となります。

 原状回復と一口に言っても、以上のようなそれぞれに異なった意味合いがあり、言葉だけが一人歩きしているのが紛争を起こす原因にもなっています。

次回は、「敷金返還」と「解約申入れ・更新拒絶」の紛争についてです。



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