「定期借家権を再度考えよう」


    今年の3月1日から施行された定期建物賃貸借制度ですが、市場での活用状況は、お世辞にも活発とはいえないようです。関連協会の実態調査の報告を見ても、4.1%程度の利用にとどまっています。もっぱら、自宅を賃貸する方が主に定期借家権を選んでいて、既存の賃貸住宅オーナーは、従来の普通借家権の賃貸借契約を続けているようです。
    定期借家権は、一部の広いファミリー向け住宅や自宅を期間限定で貸し出すときだけ利用する、特殊な形態なのでしょうか。定期借家権の内容は大体理解できたと思いますので、もう一度、定期借家権を活用できないものか、考えてみましょう。

定期借家権は家主に有利?

    定期借家権というと、家主さんに有利なもの、借主にとって不利なもの、という認識があると思います。だから、定期借家権は借主は喜ばないので借り手が少ない、すなわち賃料などの条件が下がってしまう。または、ただでさえ空き室が不安な時代に、定期借家権を採用したらもっと空き室の心配をしなければならない。つまり定期借家権を採用すると、賃貸経営が圧迫されてしまう、という心配です。
 このような認識は家主さんだけでなく、お部屋を預かっている不動産業者にも、一般的に広まっています。もし、本当にこの通りだとすれば、借り手市場の続く限り定期借家権は“特殊な賃貸形態”としてのポジションに甘んじるしかないでしょう。

 ところでアパート・マンションを経営をする家主さんにとって一番の目的は、安定した収入を得ることだと思います。そのための経営課題として、@空き室を出さない。A不良借主を入れない(入れた場合でも速やかに退去させる)。B家賃の取りはぐれを防ぐ。C貸し室内での事件・事故を防ぐ。D立ち退き料を支払わない、ことが大切です。
 また賃貸住宅を借りる人にとっての希望条件は、@安くて良質な賃貸条件であること。A共同住宅にありがちなトラブルに巻き込まれないこと。B安心して住みたいだけ住み続けられること。C住環境に優れていること、などではないでしょうか。

 さて、経営である以上借主は家主さんにとって“お客様”です。決して「貸してやっている」という存在ではないはずです。お客様である以上、売り手である貸主さんは、買い手である借主の希望に添った商品を提供することが、商売を繁盛させるコツであることは論を待たないでしょう。
 借主の求める希望条件に合った賃貸住宅を、家主さんの経営課題に沿ったかたちで実現することが、なにより理想の賃貸経営といえると思います。

良質な借家人が退去する悪循環

 こんな事例がありました。2階建ての共同住宅の1階に、少し常識はずれの借家人を入居させました。奥さんが音に対して神経質で、ちょっとの音でも左右と上の居住者に対しクレームをつけるのです。クレームの方法もだんだんエスカレートして、2階の奥さんに対してはご主人が怒鳴り込んだりするようになりました。結果、まわりの居住者が退去するようになり、新しく入居した人もまたすぐに退去してしまう、ということがおきました。家主さんは「できれば更新しないで契約を解除したい」と言いますが、現行の借家制度では難しいでしょう。良質な借主が出て行かざるを得ないのです。

 このような問題は、家主さんの“不良借主を入れない、入れても速やかに出したい”という経営課題と、借主の“共同住宅にありがちなトラブルに巻き込まれたくない”という希望を満たしていません。住んでみなければどんな人か分からないのですから、現行の普通借家契約では、このような場合の解決策はありません。このような方がひとり入居してしまうと、家主さんにとって住み続けて欲しい借主ほど去っていってしまう、という悪循環になってしまいます。

避けられない?賃貸経営リスク

 次に、家主さんにとって“家賃の取りはぐれを防ぐ”“立退料を支払わない”という課題も、普通借家契約のもとでは難しいものになっています。入居審査をよほど厳しくすればある程度の家賃滞納は防げるでしょうが、空き室が心配される現状で、そんな贅沢も言っていられない、というのが実状です。そして実際に家賃の不払いが起こったとしても、6ヶ月以上から場合によっては1年程度の滞納がなければ、裁判所は明け渡しを認めません。その間に契約期限が切れても、普通借家契約では「法定更新制度」によって家主さんの意図に反して強制的に更新されてしまいます。

 立退料の支払いも避けて通ることはできません。いつか建物を取り壊すときが来る以上、その際は借主に契約解除を求めざるを得ないからです。ムリに退去をお願いするのであれば、立退料ナシでは話になりません。
 賃貸経営上のこういったリスクは、賃料に上乗せされていると考えるのが妥当だと思います。善良な借主たちが、たちの悪い借家人による損害の一部を負担している、という考えも成り立つかもしれません。家賃の不払いも立退料の支払いも、ゼロとは言わないまでも最低限度で済むのであれば、家主さんとしてもある程度家賃が下がっても、トータルの収入は維持できるのではないでしょうか。そんな意味からも、入居してしまった不良借家人の排除は、家主・借主ともに共通の願いなのです。

 さて、今回のテーマである定期借家契約ならどうなるでしょうか。
定期借家契約といっても、家主さんは賃貸するのが目的ですから、ずっと住み続けて欲しい、というのが前提です。ですから契約期間も2年ごとに再契約していくことになります。普通借家契約とは“更新”“再契約”と言葉が違うだけで、良質な借家人にはなるべく長く住んでもらいたいと思っているはずです。
 しかし、普通借家契約と大きく違うのは、悪質な借家人に対しては再契約に応じないことができる、という点です。その借主のために他の居住者が迷惑するとか、家賃を約束通り支払わないとかしたとき、契約期限が到来すれば退去させることができます。もちろん立退料もいりません。
 これは、善良な借家人にとってもメリットがあることは、先に述べたとおりです。このようにすればその賃貸住宅は、共同生活のルールを守る入居者達だけが暮らす、住みやすい賃貸住宅になることができるのではないでしょうか。

 しかし、再契約するかしないかの決定権が家主さんにすべて握られているのであれば、善良な借家人といえど、いつ契約を拒否されるか心配でしょう。その不安がある限り、定期借家契約が借主から敬遠されるのは避けられません。

再契約前提の定期借家契約

 その不安を払拭するために、“再契約を前提とした定期借家契約”を締結する、という方法があります。借主にとって“安心して住みたいだけ住み続けられること”が、賃貸住宅に求める希望条件のひとつであると説明しました。普通借家契約は更新されるのが前提で契約しますから、借家人は望む限り住み続けることができるので、この希望を叶えています。しかし一般的にいわれている定期借家契約は、この希望を真っ向から否定すると、思われています。

 だから“再契約を前提とした定期借家権”なのです。この契約は再契約できます、住みたいだけ住み続けられます、と借主に約束するのです。ただし、次の場合に限り貸主は再契約を拒否できる、という特約をつけます。それは、@賃料を3ヶ月以上滞納したとき。A共同生活のルール違反を貸主と3分の1以上の借家人が認めたとき、などです。このようにすれば、真面目に暮らす借家人には希望するだけ住み続けることを保証できます。

 一方家主さんも、賃貸経営を脅かす不良入居者をギリギリのところで排除することが可能です(最長で2年間は居住を認めなければなりませんが、普通借家なら期限なしです)。
 定期借家契約はその名の通り期間限定の契約ととらえると、特殊な事情の場合しか活用できなくなってしまうでしょう。しかし、昭和16年の戦時下に立法された正当事由制度が、家主だけでなく善良な借家人にまでも悪影響を及ぼしている現状を考えれば、60年ぶりに改正されたこの新しい制度を何とか活用して花咲かせたいものです。

 技術的には入居希望者にどのように啓蒙するか、という問題が確かにあります。多少の時間はかかるでしょう。でも足踏みしていたのではいつまでも現状のままです。
 まず私たちと家主さんが、定期借家権に対する先入観念を拭い去ることが大事ではないでしょうか。



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