「これだけは知っておきたい借家法C」 借家法についていろいろ考えてきましたが今回は最終回として、賃料の増減額請求についてまとめてみました。 借家人の減額請求権は特約で禁止できない 借家法7条には、賃料の増額または減額を請求する権利として、どのような記述があるのでしょうか。 借家法では、土地建物の税金負担の増減や価格の変動があったり、付近の賃貸相場と比較して不相当となったときは、契約条件に関係なく、家主や借家人は、賃料の増額や減額を請求できる、としています。つまり期間の途中であっても大家さんは値上げの請求を、借家人は値下げの要求をすることができます。 では、いつでもできるか、というとそうではありません。契約したあとに賃料が低かったことや高かったことに気がついて、すぐにこの権利を行使しようとしても、それはゆるされません。契約したときから“相当な期間”を経過している場合でなければならないのです。 相当の期間といっても形式的に定まっているわけではなく、事情の変更が急激であるかどうかとにらみ合わせて定めるよりほかありません。 さて、よく賃貸借契約書の中に、向こう何年間は借家人は家賃の減額請求をしないという条項が入ったものを見かけることがあります。契約書を取り交わしているのだから、借家人は値下げの要求はできないと思われがちですが、そうではなく、この特約は無効となります。反対に、家主が増額請求をしない、とした特約はどうでしょうか。 平等の原則でこれも無効となるのかというと、この場合は家主の値上げの請求はゆるされないことになります。特約は有効となります。つまり借家人の減額請求禁止は認められませんが、家主の増額請求は禁止することができるというわけです(今年の3月に施行された定期借家権の場合は、借家人の減額請求権を禁止することが出来ます)。 値下げの要求にどう対処するか さて、実際に値下げの請求を受けたときはどうすればよいでしょうか。 大家さんとしてはその請求に不服があれば借家人と話し合いをします。そこで折り合いがつけば、それが新しい賃料となり何ら問題はないのですが、協議が整わないのに借家人が、自分が主張する金額で支払ってきたり供託したりするケースがあります。 その場合は、裁判で賃料が確定するまでは、大家さんが相当と思う額の支払いを請求することができます。借家人が、自分が主張する金額のみを支払ってきたとしても、不足額を請求できますし、その行為は借家人の債務不履行に当たります。裁判で確定してもいないのに、自分で勝手に決めた金額の支払いで済ますことはゆるされないのです。これはたとえ法務局に供託してきたとしても同じことです。 大家さんとしては当然に請求をするべきです。 ただし裁判で賃料が確定したとき、大家さんがそれまで支払いを受けた額が、裁判所の認定した相当額より多いときには、超過額に年一割の割合による受領の時からの利息をつけて、借家人に返還する必要があります。低金利の現在において年10%の利息はバカにはなりませんが、これが借家法が定めたルールということになります。 すなわち増減額の効力は、相手方に意志表示が届いたときから発生します。裁判で確定したときではないのです。ちなみに裁判所が客観的な相当額を定めるには不動産鑑定士に依頼することが多いようですが、鑑定士は、積算式評価法、収益分析法、賃料事例比較法という三つの方式にもとづいてそれぞれの賃料を関連づけ、その差を調整して決定しています。 次ぎに家主が家賃の値上げを請求したときのことを考えてみます。折り合いがつかない場合、借家人は自分が相当と思う賃料を支払い続ければよく、家主は自分の請求額に満たないからといって、これを債務不履行として訴えることはできません。 もし家主が受け取りを拒否したときは、借家人は法務局に供託すればよいことになっています。供託しておけば支払ったことと同じことになります。もっとも借家人はどんな場合でも供託できるわけではなく、受領拒絶や受領不能などの要件がなければ、供託は無効になります。 そして、裁判なり話し合いによって賃料が確定した場合に、それまで借家人が支払った額が、確定した相当額より足らないときには、家主は、その不足額に年一割の割合の利息を受け取ることが出来ます。 借家法の敷金の取り扱い まず当然のことですが、敷金の額は当事者の合意によって定まりますので、別に基準はありません。普通は賃料の何ヶ月分と定められる場合が多いのですが、賃料の額と関係ないケースもありますし、額について特別に制限はありません。 借家期間中に家賃を滞納した借家人が、敷金から滞納分を取って貰いたいと言っても、家主はそれにしばられません。敷金は借家関係が終了するときまでの毎月の家賃その他の支払い分を保証すべきものですから、家主はこれを保留しておく権利があるので、意に反して奪われるべきではないからです。ですから家主は家賃の滞納があった場合、敷金にかかわりなく支払いを催告し、支払いがなければ契約を解除することができます。敷金が滞納分より多いときでも、現在は原則的に解除できるという説がほとんどです(実際1〜2ヶ月の滞納で解除は認められませんが)。 昭和2年の判例で次のようなものがあります。Aは家主、Bは借家人。Aの負債のためその建物は競売され、Cが競落しました。その後、CとBと賃貸借契約を解除し、BはCに対し、Aに差し入れた敷金の返還を求めました。Cは自分はAから敷金を引きついでいないと言って拒否しましたが、裁判所はCの主張を否定しました。(大審院昭和2年12月22日判決) これは建物の売買や競落によって家主が代わったときの、敷金関係を示したものです。敷金関係は売買でも競落でも、原則として新家主に引きつがれます。 内縁の妻にも借家権は承継される 最後に、居住用建物の賃借権が内縁の妻などに承継される場合についてお話ししましょう。 借家人である内縁の夫が相続人なしで死亡した場合には、内縁の妻が賃借権を承継して、そのまま継続して居住することができます。事実上の養子の場合も同様です。この場合、権利とともに義務も引きつぎますから、家賃の滞納があったときなどは、その債務を当然承継することになります。 債務が多いときは引きつぎたくないでしょうから、賃借人が死亡したことを知った後1ヶ月以内に家主に対して意思表示をすれば、承継しないこととなります。この規定は居住用の建物について適用されるものです。 さて、4回にわたって借家法について一緒に考えてきました。 借家法は、借家権、つまり家賃を払って建物の全部またはその独立した一部分を使用するという賃借権に適用されます。借家法の適用範囲を考えてみると、借家法は住宅を借りた場合だけでなく、商店・工場・倉庫などの営業用の建物を貸した場合にも適用されます。公団住宅や公営住宅にも適用されますし、借家の又貸しにも適用されます。 借家法によって保護される借家権は、場合によっては莫大なものになります。つい先日相談を受けた事例ですが、賃料73,000円の鉄骨マンションの借家人に、建物取り壊しにより立ち退きを求めたところ、借家人は弁護士に相談しました。弁護士はその借家権の価格を鑑定し立退料を要求してきましたが、その額は4百万円を超えているとのことです。実に家賃の5年分です。非常識な行動をとる弁護士さんだなと思いますが、計算をすればこんな具合になるのも事実でしょう。 その建物のある敷地の価格に対し、借地権割合と借家権割合を考慮してはじき出したと思われますが、いざ借家権に値段をつけると、こんな現実と遊離した金額がてできます。 このリスクを完全にクリアするには定期借家契約しかない、ということになります。 いずれにしても借家法は、賃貸経営をするのに知っておくべき法律ですが、正確に理解されていないのも事実です。大家さんから物件を預かる不動産業者の中でも、まだまだ不勉強な方が多いのも悲しいかな事実でしょう。 このシリーズをきっかけにして知識を得ていただき、トラブルを未然に防ぐ賃貸経営を実践してください。 名古屋市の不動産情報 |